デジタル時代の今、だれでも手軽に映像制作ができるようになり、ろう映画の世界でも色々な作品が見られます。しかし、ろう者自身が制作編集する映画「聾映」は歴史が浅く、定義付けがまだ確立していません。
 一般のテレビや映画に見られる「手話ドラマ」は、セリフが全て「手話」で表現されていても、音の処理が聴者主体の仕上げ方であったり、また、補聴器で育てられたろう者が、音響を入れることは必要だと主張していたりする、疑似「聾映」が存在しています。こうした考えで作られた作品は、「聾映」とは言えません。私は「聾映」を定義づける要素は2つあると考えます。一つは音響や音声が無くても音があるかのような響きとテンポで映像が展開されていること、もうひとつは、日本語文法に沿った手話ではなく、独自の言語体系を持つ手話で話していることです。この2つの要素は、聴者が手話を身に着けたとしても作れないものだろうと思います。音の世界から隔絶されたろう者は、視覚の感受性が高く、視覚的リズムが鋭く身についています。その手話の会話もリズムがあり、視覚的なリアルさを享受できる・・・これが「聾映」であると私は解釈しています。
 実をいうと、聴者の映画関係者から、『「聾映」はミステリアスな映画だ』という感嘆の声を聞いた事があります。例えば、蛇口から一滴の水が落ちるシーン。音が入っていないのにあたかも音があるかのような錯覚に襲われ、見る人の想像力が愉しく魅力的に音のイメージを増幅させたということです。
 良い脚本とリアルな手話表現を活かせる映像技術に、聾者のもつ独特の視覚表現を発揮しながら、工夫して編集構成していく。視覚に生きる聾者だからこそ、映像という媒体を上手に活かせる秘技を使って、観客を物語の世界へいざなう。そんな作品がそろそろ出てもいいでしょう。しかしあくまでさりげなく、言語の違いをうったえるだけで、被害妄想にならずに、聴者世界とのボーダーラインを薄くしていくということです。そうすれば、今盛んに広まっている「クールジャパン」を代表している「漫画・コミック」のように、世界に受け入れられる可能性が花開くことでしょう。
 例として「聾映」の曙である深川勝三監督について簡単に述べていきたいと思います。深川さんは1924年生まれ、官立東京聾唖学校出身という純粋なろうあ者です。幼い時から、多くの舞踊や演劇、映画を鑑賞することで、その美意識や眼力を養い、聾学校の学芸会に役立てたということです。その後、まったくの独学で、8ミリ映画を駆使した3作品を手がけたのです。彼は、聴者の芸術をモノマネの域から昇華させ、すさまじい情熱で、聾にふさわしい内容へアレンジしていったのです。
 作品は8ミリ映画でありながら全て2時間以上の長編ばかりです。初作の「楽しき日曜日」は3時間、聾偉人伝の「三浦浩翁半生記」も前編・後編・完結編と合わせて2時間とたいへんな長編作品で、8ミリ映画としては常識を超えていますが、深川監督自らが渾身の力を振り絞って打ち込んでいることが伺えます。ひたむきに映画制作に取り組み、体を壊しながら制作した「たき火」は彼の遺作となりましたが、自ら出演していました。
 美しい手話と、哀愁のこもった表情で話す演技力もさることながら、所々に見られる画面構成の素晴らしさにはびっくりさせられます。特に「たき火」は、音と言うよりも、かすかな響きが全編に行きわたった不思議なゆらぎと、静かなテンポを作り上げています。まさにこれこそ「聾映」というべきでしょうか。      ※深川勝三監督の作品については「睦ろう映画保存会」のページへ。